、一声高く赤坊のなき声がした。サヨは反射的に椅子から立ち上ったが、割合しっかりした男の子の声だったように思えて躊躇していると、看護婦が廊下を走って二階の階段をこっちへのぼって来たのがわかった。急に動悸しはじめたのを感じながら、サヨは丁度看護婦が階段をのぼり切ったところへ出会い頭に出て行った。
「生れました?」
「おめでとうございます。立派なお嬢ちゃんです」
サヨは膝の力が抜けてゆくようなよろこびの感じを、初めてこの時経験した。階下へおりるまでに、こんどは続けて赤坊のなき声がして、それはまだ見ない自分たちの赤坊の精一杯の生への呼びかけで、サヨは可愛さがほとばしって喉へこみあげた。
傍の電話室へ入って、進一を呼び出した。サヨは興奮した声で、
「いま、安産よ」
と告げた。
「女の児よ。盛にないているの、きこえますか?」
進一は曖昧な返事をした。サヨは、
「ちょっとお待ちなさい、きかしてあげるから」
そう云って電話室のガラス戸をあけて、受話器を紐の長さいっぱいに廊下へ向けて引っぱった。
「ほら! ないている。いい声でしょう?」
しかし、電話でいま生れたばかりの赤坊の声をきかせるのは無
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