であった。粗い墨の線で、やせて小さくそびえた肩が描かれていて、その肩つきはまぎれもなく乙女の肩であった。はだかの乙女は生真面目に真正面を向いて、骨ばった片膝を立てた姿勢で坐り、両腕はそのまんまだらりと垂して、二つの眉をつりあげて今にも唇をなめたいところをやっと堪えていると云いたげな表情であった。そのまるむきな小さい女を画家は荒い筆触で、二つの目の見開かれた大の腕のつけ根や腹の暗翳だのを誇張して表現しているのである。
乙女。乙女。サヨは計らず再会したこのいじらしい昔馴染の名を心で切なく呼んだ。はだかになったところをこの画家が描いている。いかにも乙女らしく媚びることも知らず描かれているが、そこに語られている意味が何をあらわしているか、乙女は思って見たのだろうか。画家が何を現わそうとしているにしろ、乙女がそこにそうやっているそのことに、切ないものがある。それを知っているのだろうか。
雑誌をとじて、サヨは椅子の背に頭をよせかけていた。
蒸し暑いまま夜が明けはなれて来た。窓のすぐ外のプラタナスの街路樹がだんだん緑の葉色を鮮やかに見せて、朝日の条がその上に燦き出した。
突然どこか階下の方で
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