二つ並べてその上へ脚をのばした。生れるのは早くて朝になるということであった。風のない蒸し暑い夜で、廊下の向い側のドアをあけたままの部屋部屋にぼんやりした灯かげと産婦たちの寝息がみちている。その人達の目をさまさせないように椅子のきしみにも気をかねて、落つかない窮屈な気持でサヨは団扇《うちわ》をつかっていた。
 やっぱり籐で作った円テーブルがその室の隅にあって、下の棚に何か雑誌のようなものがおいてある。サヨは片脚ずつ椅子からおろして、立って行ってそれをもって来た。一冊は映画雑誌であった。もう一冊は大阪の方から出ている半社交娯楽の雑誌で、カットなどに力をいれた編輯がされていた。知っている婦人画家の描いたのもあったりするので、暇つぶしに頁をくってゆくうち、サヨは我が目を信じかねる表情になって一つのカットを見直した。そこに描かれている女は乙女であった。乙女でなくて、ほかの誰が、こんなに特徴のある弓形の眉だの、黒子《ほくろ》があってすこし尖ったような上唇の表情だのをもっていよう。二字の頭文字は、昔乙女の良人が知りあいだった例の画家の姓と名とを示していた。絵の乙女は、その体に何一つつけていないはだか
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