光景がありありと感じられた。なんなんでしょう! 囁き声はサヨの耳のはたできこえるようで、それは自分の声でもある。
 この時、サヨが身のまわりに感じた一人ぼっちの感じの鮮やかさは、畳の目を照らし出していたスタンドの明るさの孤独なさやけさとともに、実にくっきりとした異様な感銘であった。
 高窓をあけて、ぼんやり焔の色を反射している雲の多い空を見て、床に入って横わっても、サヨは眼を見ひらく心地で、夜のなかにくっきり照らし出されたようなその感銘にいた。何という溢れるばかりな寥《さび》しさだろう。いっぱいで、まぎれもなくて、そのまぎれない純粋さから不思議な美しさの感情へまでつきぬけて行くような、何という寥しさであったろう。
 東京のどのくらいのひろさでそのとき人々が目をさましていたかは知らないが、同じ夜の驚駭のなかに自分という女のそんな思いも目ざめて加わっていることを、サヨは現代のいとしさとして愛着するのであった。
 日ごろは、そんな気分で暮している。サヨがその春の昼、棒鱈やの横丁から現れて、開通したばかりの電車通りを眺め、旺盛に芽立つ雑木林に目をひかれ、やがて再びごみごみした横丁へ辿り入ったと
前へ 次へ
全33ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング