きの気持は、一種名状しにくい乱れ心であった。
重吉と暮したい心の激しさがサヨをつきうごかして、落つかせないのだけれど、その方法のない余り、発作のように何とか暮しの形でも極端に変化させたら気が休まりそうな思いがして、サヨはそういう刹那アパート生活などを描くのであった。
欅の梢の見える横丁を行くと、青々とした樒《しきび》の葉が何杯も手桶に入れてあって、線香の赤い帯紙が妙なにぎわいを店頭に与えている花屋の角へ出た。そのつき当りは雑司ケ谷の墓地である。墓地といってもここはちっとも陰気でなくて、明るい日が往来ばたの木戸に照っている。花屋の方へ裏の羽目を向けてそこにアパートがあった。偶然そこへ出たサヨは半ば本気なような、半ば自分のそんな気持に抵抗しているような複雑な気持のまま、外の明るみに馴れた目には窖《あなぐら》の入口のように思える三和土《たたき》の玄関を入ってみた。
もっと薄暗く見える廊下の奥にドアがいくつか並んでいて、バケツを下げたシャツ姿の男がそっちから格別いそぎもしないで出て来た。サヨは空室があるかどうかきいた。
「さあね、ここ当分動く人はありますまいよ」
元は職人ででもあったよ
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