袂のかげにそっちの手を置くようにしているのであった。
 ところが鳩麦だけの飲みようが私に分らない。売った店にも判らない。飲みすぎて、どこかが薄くなりでもしたら可怖い。それでつい送らずじまいになっていた。
 昨夜、友達が来ているとき、私が座っているうしろの戸棚の中で、盛に鼠が何かをカサコソ云わしている。なんなのだろう。襖をあけた途端、その中につみ重ねてある雑誌類の上を渡って棚の仕切りの間に消えかかっている鼠の尻尾の先が見えた。
「蝋燭! 蝋燭!」
 私は、せっかちな声を出して、その小さい灯かげを戸棚の奥へさしいれて見て、
「どう? 一寸! これ!」
 灯をその位置にかざしたまま体をひらいて友達に戸棚の中をのぞかせた。鼠は鳩麦の袋を破ってそれを喰べていたのであったが、私たちの驚き且つ感歎したのはそのたべようの巧緻さである。鳩麦の、瀟洒な色の、つるりと堅い細長いこまかな殼の胴なかを噛みやぶってみだけ綺麗にたべている。鳩麦の夥しい殼は空《から》の小舟のような軽い粒々をあたり一面に散ってカサコソと鳴るのである。
 鼠がものを齧る音は聴くのはいやだ。ずっと先、上落合の方の家にたった一人で暮していた
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