ときは、鼠のあばれようがひどくて、天井の上で何か齧っている物音が、無人さに対して動物の悪意を示してさえいるようで、猛々しかった。一々その鼠を追っぱらっていられない。その強情でしつこい歯の音の下で長い夜の間、私は物を書いていた。そして、くたびれて眠ると、夜中に枕元でその鼠か別の鼠かがあばれて、一度は顔の上をとびこされて、暗闇に愕然と目をあけたことがあった。
いま鳩麦をかじった鼠にも、格別の好意はないのだけれども、その齧りかたが一定の方法をもっていて、しかも何百粒か数え切れない粒を、その方法でかじりつづけて行ったところに一種の気持よさを感じた。
この前のヨーロッパ戦争のとき、塹壕の兵士たちの苦しんだものに野鼠がある。太った大きな、野獣化した野鼠との格闘のことが文学にもあらわれている。日本の兵士のひとたちにこの苦しみはどうなのだろう。お福さまなどと呼ぶが、私は鼠の音からいつも何となし人生の或る荒涼を感じる。
[#地付き]〔一九四〇年七月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
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