。火鉢の火が少くなって来た。台所に行ってガス火起しを見つけているうちに、私はふと何ともいえず胸を打ったものを見出した。硝子戸棚の下の台に、小さく、カンカンに反くりかえったパンが一切、ぽつねんと金網に載せたまま置いてある。眼を離そうとしても離れず、涙であたりがぼうっと成った。祖母の仕業だ。祖母は朝はパンと牛乳だけしか食べない。発病した朝焼いたまま、のこしたのだろう。捨てることを誰も気がつかなかったのだ。涙組みながら、私は自分の涙を怪しんだ。奇妙ではないか、祖母は決してこのパンばかりしか食べるものが無かったのではない。美味いものがいくらも食べられた人だ。それだのに、この古パンの一切れを見ると、云いようなく哀れで、彼女の全生涯が、忘れられてカンカラに乾からびたこの一切のパンの裡に籠っているように感じるのは、どうしたことだろう。台所はからりとして明るく、西日が、パンの載っている金網の端に閃いていた。
 私の祖母に対する感情は変った。考えて見ると、私と祖母とは、仲のよいような悪いような複雑な間であった。祖母は概して無智で、押しが強く、ごくの実際家であった。昔の女らしく、一種の陰険さもあり、見識が
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