彩や看護婦や枕元の小机などで、部屋は狭く活気満ちて見える。私は美しいオレンジ色の毛布から出ている祖母の顔付を見ると、例え四五日でも知らずにいたのをすまなく感じた。祖母は想像して来たより遙に衰えていた。入れ歯をとっているせいもあったろう。口元など、別人のように痛々しく皺みくぼんでいる。息が抜けるので一層弱い声で、祖母は、
「なしてこげえな病気になったろう。……早く死にたいごんだなあ」
と訴えた。彼女は、病気より何より自分で厠に行けないのを苦にやんだ。一寸気を許すと、夜なかでも独りで立って行こうとするので困ると、看護婦が説明した。私は無頓着な元気な風で、祖母の一克さを笑った。そして、乱れた白髪を撫でつけてあげながら少し大きな声で、
「おばあちゃま、謡の種板を買って来たのだけれど、おききになりますか」
と訊いた。祖母は、暫く考えていたが、穏やかな口調で、
「謡はいいなあ、おら地言《じごと》(文句)は判らないでも、音をきくだけで、気までしゃんとするごんだ」
と答えた。私は重ねて、
「おききになる?」
と尋ね、合点するのを見て悦びを感じた。友達は、数年前に母を失った経験を持っていた。彼女は、恢復
前へ
次へ
全17ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング