「おりゃあはあ、安積《あさか》へでも行こうと思うごんだ」
(祖母は米沢生れで、死ぬまで東京言葉が自由に使えなかった。)
 余り思い入った調子なので、皆は不安になって祖母を見た。
「どうして? おばあさま」
 祖母は、赤漆で秋の熟柿を描いた角火鉢の傍に坐り、煙管などわざとこごみかかって弄《いじ》りながら云う。
「近頃ははあ眼も見えなくなって、糸を通すに縫うほどもかかるごんだ。ちっとは役に立ちたいと思って来たが、おれもはあこうなっては仕様がない。――今年はあぶない。安積で死ねば改葬だ何だと無駄な費をかけないですむから、おりゃあ……」
「いやなお祖母様!」
 私が無遠慮に、祖母の言葉を遮るのが常であった。
「そんなことをおっしゃると、みんな心持がわるくなってよ。ただおりゃあ安積へ行きたくなったごんだとおっしゃいよ。――そうでしょう? 私も行っても悪くないごんだから、ついて行って上げるわ。それでいいでしょう?」
 祖母は、いいともわるいとも云わず、暫く黙り、また云う。
「百姓どもははあ、一寸でもよけい畑作ろうと思ってからに、桐の根まで掘り返すごんだうわ、それでいて芽を一本かいてくれない。それ
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