靴にいっぱい雪をつけ、鼻のあたまを真赤にして手袋をぬぎながら車掌が入って来た。
 ――フーッ!
 ――何か起ったの?
 ――むこうの軟床車の下で車軸が折れたんです。もうすこしでひっくりかえるところだった。
 ブリッジへ出て両手でわきの棒へつかまり、のり出して後部を見わたしたら、深い雪の中へ焚火がはじまっている。長靴はいて緑色制帽をかぶった列車技師が、しきりに一台の車の下をのぞいて指図している。棒材がなげ出してある。真黒い鉄の何かを運んで来て雪の中にころがしてある。山羊皮外套を雪の上へぬぎすて農民みたいな男が、車の下に這いこんだ。防寒靴の足の先だけが此処から見える。
 日はキラキラさしている。雪は凍ってる。寒い。赤い房のついた三角帽をかぶった蒙古少年が雪をこいで、低い柵のむこうの家の見える方へ歩いて行く。犬があとからくっついて行く。
 廊下へひっこんで来たら、むこうのはずれの車室から細君が首だけ出し、
 ――何が起ったんです?
 良人は、ひろい背中を細君の方へ向け、脚をひらいて廊下に立ちパイプをふかしながら、
 ――エピソードさ。
 そういう返事をしている。
 蒙古人の村はどこでも犬が
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