認することは、彼女として堪らなかった。彼女は、自分に当然この戦いが起るのを知りながら、彼によって目醒まされたばかりの新鮮な、感じ易い本能を先ず誘おうとする保夫の無慈悲さに、憎しみさえ感じた。
彼女の裡で、再び野蛮人があばれだした。さよは心の中で呻いた。「死んじまえ! 死んじまえ! 意地わる。貴方はどこまで私を苦しめるか」……
暗く瞳を燃して良人の横顔を見据えていたさよは、ふと、彼が、何ともいえず陰鬱な陰を頬に浮べたのを見とがめた。彼女の神経に、きらりと或るものが閃いた。さよは、引つりとも薄笑いともつかない歪みを口辺に漂わせながら、のろのろ低声で保夫に尋ねた。
「何を思っていらっしゃるの。――同じこと? 私と同じこと?」
愕然としたように、保夫が眼を大きくして、さよの顔を視た。
「――馬鹿!」
彼は四辺の静寂な光を乱して、はげしく座布団の上に座りなおした。さよは、掌一杯冷汗を掻いた。彼女は、動悸が苦しく強く搏って、口をつむんでいられないようになった。「彼も同じことを思っていたのか。――そうでなくてどうしてあの意味深い馬鹿! が出よう。……自分達二人が一どきに、一緒に思えることは…
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