の女性達同様、一つ涙、同じ苦情、生きたいだけ生ききれない思いで過るかと思うと、安心して良人と論判してさえいられない心持になった。
 さよは、顔を押えていた手をどけた。そして、深い溜息をつき、額に乱れかかった後れ毛をかきあげた。
 見ると、保夫は、机の一方の端に頬杖をつき、人さし指と中指との間にはさんだ煙草から、香もない煙を張り合いなく立ち昇らせたまま、当もなく前方の庭の宵闇を凝視している。が、さよは、一目で、彼の注意は見かけによらず、怠りなく自分に向って注がれているのを直覚した。彼は全態で「ああ、すっかり不愉快にさせられた。仕事も何も出来はしない。お前のせいだぞ」と語っている。而も、その陰から、彼女がそれを感じて気の毒がり「わるかったわ。――御免遊ばせ」と媚さえすればすぐ許し更に優しい数言を添えて額に一つの接吻を与える心持のあることは、これもありありと示している。
 さよは、一旦鎮った感情がまた擾れるのを感じた。彼女は、保夫が上手に見せびらかしているものが、真実欲しかった。けれども、その欲しさに、うっかり負け、彼が暗に望んでいる通り、これまで云った総てを「御免なさい」と云うべきものと承
前へ 次へ
全38ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング