若し自分が小さい子供の母であったら、その娘か息子かは、きっと、自分が感じたと全く同じ当惑、悲しさ、当のない義侠心に繊い指を震わせて、「云ってあげるから! ね、泣かないでよ」と云うだろう。然し彼等も、また自分の通り、その涙を眼から流す時が来るまで父に向って何を云うべきかはちっとも理解しないのだ。……
彼女の精神はだんだん鎮って、母と自分との間に過ぎた十数年が、女性の一生にどういう意味を持つか、考えなおすだけの余裕を持って来た。
結婚するまで幾度か、さよは形こそ異え、同様の訴えを母からきかされた。その度毎に、彼女が母に与えた慰安の言葉も、考えて見れば、僅に語彙が年と共に幾分豊富になったきりで、内容は、十二三の時と同じ「泣かないで、よ!」というだけのものであった。彼女は、自分が、実際母の苦痛を軽めるには、何の足しにもならなかったのを回想した。ただ母にとっては、無意味に近い言葉を繰返す彼女が、自分の娘であると云うところにだけ、確に、心からの当惑や気の毒さを感じられているというところにだけ、彼女の言葉の価値はあったのだ。
母は、殆ど一生、老いて激しい情熱の失せるまで、解決されない苦労を負う
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