ね、さよ」
保夫は、煙草を灰皿の上に揉み消し、熱くなってつめよるさよを遮った。
「生活の幸福というようなものは、愛と同じで、一種の信仰だよ。信仰次第でどうともなる。――君なんか、まだまだ生活がどんなものだか知らないのだ。……君だって僕の愛だけは、信じられるだろう? それがお互の生活の万事ではないか」
彼は、何か云おうとするさよの手を執った。そして、
「さあ、理窟はやめて、可愛いさよにおなり」
と云いながら、彼女をひきよせて愛撫しようとした。彼女は、赧くなって、遂に涙をこぼした。
「そういう風に片づけては駄目。――貴方は、狡いわ!」
彼女は、手を引こめて、きちんと坐りなおした。
「私だってお互が大切だと思うからこういうことも云い出すのです。愛している、愛しているって、百万遍お互に誓い合ったって、心の観音開きがいつでも行き違ってプカプカしていて、貴方平気? 平気でいらっしゃれるの?」
さよは、せめてここで「いや、そんなことでは堪らない。そんなことをしては置けるものか!」と云って欲しかった。彼女は、その一言で、心半分は助かっただろう。彼女は、どこかでぴったり、率直な、むき出しな保夫の
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