ち合って行きたいの」
「――いやに懐疑的だね」
 保夫は、手入れの好い髭の辺に、不似合な曖昧な迷惑げな表情を泛べて、さよを見た。
「こうやって生活しているという事実以外に、僕等の生活のあるべき訳がないじゃないか。それに……君の言葉は捕えどこがまるでない。遠いとか寂しいとか云わずに、どこか悪いところがあるなら明瞭に指摘すべきだ。それが君に出来ないなら、僕は、君の云うことに、はっきりした土台がないとしか思えないよ」
「悪いというものではないのです。なおすというより、もっと心の底に入るの。もっとむき出しで、鋭く感じる心が私は欲しいの。私に遠慮なく云わせれば、私のこの心持を論理の上で正しい形をとって説明させようとなさる、それが淋しいのです。判ったでしょう? 心のことよ。心直接感じるべきことなのよ!」
「じゃあ堂々廻りで結局、僕に云っても駄目だということじゃあないか!」
 保夫は、さよの胸を一杯にした冷やかな事務家的態度を示した。彼女は、辛うじて自分の涙もろさに打ち勝った。
「私は、駄目だと云って澄していられないのよ! 二人で生きて行くのなら、生きてゆくようにして行きたいのです。だから――」

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