のこと。――」
 さよは、顔を擡げて良人を正視した。
「貴方ちっともそんな心持はなさらないの? しんから安心?」
 保夫は煙草の煙をよけるように瞼をせばめた。
「何か僕達の生活に不安があるというの?」
 さよは、合点をした。
「私この頃堪らないの」
「……何も不安な処なんかないじゃあないか。僕はこんなに貞節のある良人だ! 君は君で一日じゅう眠ろうが起きようが自由な身の上だ!――僕は不安どころか、大いに幸福だと思う。特に、君なんかユートピア以上の生活だな」
 さよは、不愉快に良人の軽口の先を折った。
「冗談はあと。私は真面目よ。――貴方本当に私共の生活が充実しているとお思いになること? 大丈夫、完全なものだとお思いなさる? 私は、この頃、そう呑気でいられなくなったわ。……ひどく不安なの」
「……我儘だろう?」
 保夫は、さよの笑いを釣り出そうとして、誇張した表情までつけ足した。さよは、真剣で否定した。
「そうではなくてよ。決してそうではありません。二人で暮して行く以上、大事なことだから本気で聞いて下さる方がいいわ。
 私はね、この頃貴方が判らないの。貴方の心持の中心が、生きて行く蕊が、私
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