は空想に於てさい不可能なことである。彼女の前や横には、その点からは手のつけようのない良人が、外見には親しく近く、さよの心から見ると距離が近いだけ一層増す寂寞さで引添うている。
 その寂しく苦しい心持は、一ヵ月ばかり前、彼女が独りぽっちで家にいた時のとは全然異ったものであった。ある時は、良人さえ帰れば彼女は忽ち救われた。一日中の圧迫されるような陰気さは、彼の顔を見た刹那に消散した。が、今度のは正反対といえた。さよは、保夫が自分のすぐ傍に坐って、天地の間に唯一つの疑問も不安もないという風に湯上りの濃い髪を艶々させているのを見ると、却って絶望に近いほどの寥しさ、野蛮な焦躁に煽り立てられるのであった。
 彼女は、あばれる獣をやっと押えつけているような幾日かを送った。とうとう、辛棒がしきれなくなった。彼女は憐れに一心な顔付で良人につっかかって行った。
 例によって、それは夕食後のことであった。さよがひとりでに黙り込み、卓子に眼を落してばかりいた故か、保夫は早めに書斎に引取った。彼女は暫く後に残って、女中に口を利いたが、軈て良人の後を追うように書斎に行った。六畳の部屋は、短い鍵の手の廊下で離れのよ
前へ 次へ
全38ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング