た。彼女は、落付きのない眼を動して、救いでも求めるように、濡れきった庭や、廊下や、仄暗い庭を見廻わした。外には、自然も人間も圧しくるむような雨が煙って降っている。点滴の音が単調に聴え出した。――さよは、立って廊下の端まで歩いて行った。何かに押し戻されるように柱の下まで来、彼女はそこに佇んだまま、燈火の光が庭の水たまりに写ってチラチラし始める頃まで動かなかった。夜、彼女は出来るだけ平和に良人の抱擁を拒んだ。ひとりにされると、彼女は暗闇の裡で声を殺し劇しく泣いた。さよは、自分がこういう気持で対している良人の子を孕むことを想うと、恐怖と愧《はずか》しさとで手足が氷のようになった。彼女は闇に瞠った眼尻からぼたぼた涙をこぼしながら、自分で何故ともわからない緊張を以て、良人の穏やかな寝息に注意を凝した。

        五

 若し人間というものが、布で作った着物のように、人の手で解けるものであったら、さよは良人を今こそ熱心に解体し始めたろう。
 そして、一つ一つの部分を、自分に納得の行くまで眺め、触り、引かえして見て、また元の形に纏めあげ、心から安《やすら》おうとしたに違いない。けれども、これ
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