どうであろうかと思った。自分の直覚はどの程度まで真実なものだろう。また、良人は、彼の心の眼で、自分の心のどの辺までを見とおし、同じ感情や意慾を反射するだろうか。
さよは、これまで持たなかった自覚を以て、深く深く自分と良人との心の風景を跋渉して見たく思い始めた。云いかえると、今まで我知らず勢にのって流されて来た二つの心の河の河底まで潜って、満干の有様、淀の在場所、渦の工合を目のあたり見たら、と思い出したのであった。
月の光に馴れたさよの瞳に、戻りついた家の電燈の色がひどく赤黄く、暑く、澱んで見えた。
保夫は、
「家へ入るといやに蒸すね」
と、ひやした麦湯を所望した。さよは、盆にのせてそれを良人にすすめ、彼が仰向いてすっかりコップを空にする様子を見守った。彼女はひとりでに微笑んだ。彼女は、良人の知らない心の望楼を、今夜のうちに拵えた。そこの覗き穴から見ると、麦湯を呑みながら彼の心が何と呟いているか、はっきり判るように思ったからであった。然し、保夫が、
「何? 何を笑っているの」
と尋ねると、彼女は子供が玩具をかくすように、新しい計画を心の奥にたくしこんだ。そして、猜《ずる》く、嬉しそ
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