ズムへ展開して、もとよりその核心に立つ労働者階級の文学の主導性を意味しているのであるが、前衛の眼[#「前衛の眼」に傍点]の多角性と高度な視力は、英雄的ならざる現実、その矛盾、葛藤の底へまで浸透して、そこに歴史がすすみ人間性がより花開くためのモメントとして、目にもたたないさまざまのいきさつまでを発見することを予想している。
 歴史は、それについて多くを語らない人々によって変えられている。その現実の詳細を、社会主義リアリズムは、自身の課題としていると思う。
「伸子」につづく「二つの庭」から「道標」の道行きを考えたとき、わたしは、作家として、とても目ざましい、というような方法をとれなかった。「二つの庭」にあるすべては、それらの問題をわりきってしまった者として生きる作家としての自分、などという風な高邁[#「高邁」に傍点]な気風に立って、蜿蜒《えんえん》としてよこたわる中産階級の崩壊の過程と人間変革のテーマを扱う能力は文学的にないし、人間的にない。わたしは、これから担ぎ出して、あるゴールまで運ぼうとする材木の下にはいこんだ。そして、材木を肩にかつぎあげ、いわば身たけよりはるかに長い材木を背負わさ
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