て仕様がありませんもんねえ。うれしい事や、それの又反対の事の沢山あるだけ生甲斐がありますワ、どんなにか……」
「お前なんかほんとに苦労をした事がないから悲しい事や辛い事をたえるって事があくびをするのと同じにポカポカ出来ると思って居るのさ。いざとなってそれに向って見ればよっぽど意志の強い理性的な頭をもった人でなければたえられるものじゃあないよ、お前なんかそんな事に出会うとすぐに気でも違ってしまうのがせいぜいだ」
「ほんとうにその通りですネ、
 私なんか随分子供の時から悲しい事なんかにはなれて居るけれ共やっぱり頭のねれて居ない証拠には下らない事でむしゃくしゃにされる事があるんですからねえ。
 自分にあんまり苦労ばっかり多いからクリスチャンにもなったほどですもの――『世の中は苦労のかたまり――それがあるからいい事もある』と悟って居ながら、なまはんかな悟りはすぐ破れちまいます」
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 Hはわざとらしい笑をかたい口元にうかべた。
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「云っていい事ならおっしゃいナ、かなり私達にはいろんな事をうちあけて下すったんだからネ」
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 母親
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