うねえ』って云われる位のもので寒中の水のつめたさなんて一寸だって知らないんでしょうねえ」
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 母親はこんな事を云って、着ぶくれて富[#「富」に「(ママ)」の注記]らしい顔つきをして足をのんきらしくふって居る自分の娘を見た。
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「ほんとうに千世子さんなんか幸福なんですよ、ねえ奥さん世の中に悲しい思い辛い思いをしない人がありましょうかねえ……」
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 Hは何か急に思い出された様な、又痛いところにさわられた様な目つきをして云った。
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「そりゃあ貴方、ないにきまってますよ、どんな富だ人だって尊い人だってそういう事はありましょう。悲しい辛い事があればこそうれしい事、たのしみな事が出来て来るんですものねえ。そうじゃあありませんか?」
「ねえHさん、先私がつまらなくってしようがないと云った時に、今と同じ事貴方は教えて下さったじゃあありませんか、うれしい事でも悲しい事でもを強く感じて居られる間が幸福ですわ。阿母さんだってそうでしょう、私はほんとうにそう思いますワ。ミイラ見たいにひっからびた感情になって生きて居たっ
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