しまった声でさとす様に云った。
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「そんな事はいいかげんに考えて置くがいいんです。世の中のそう云う事は皆いいかげんに考えて居る方がいいんです、いいかげんにかんがえた事がすこしうまく行けばほんとうに近い考えになるんで目に見えない事、考えても一寸わからない事はいいかげんになすくって置かなくっちゃあ人間みたいなものは生きて居られなくなってしまいますよ」
「いいかげんに考えるって云う事は私大きらいな事です。一生懸命に考えたり、人にきいたりすれば幾分か満足に近い考えが出来て来るんですもの、そんなうれしさは中々それこそほんとうに――」
「そうかもしれませんけどあんまり考えてわからない時は山の中に入ってしまいたかったり、華厳の滝から招待状が来たりネエ。そうじゃありませんか貴方ぐらいの年の人はもっとのんきらしくして居て好いんです、頭ばっかりの人間になってしまいますよ」
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 Hは千世子にそんな事を考えて居るのはあんまりこのましい事じゃあなかった。こんな神経質な感情的な女がそう云う哲学的の事を考え込む様になってはその末には好い事のないのを知って居た。其の晩にか
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