なれないんだから琴の御師匠さんになる方がいいよってね。
そんな風をして琴の師匠なんかすると何かだと思われるだろうって笑うんですよ。
「若しなさったら私にした所が、
『ちっと変だな』位には思いますねえ。
一体男の人で目の開いて居る按摩と琴の御師匠ほどいや味たっぷりな虫ずの走るものはありませんよ、ほんとうに。
でもね、私達が小石川に居た所のそばにもう六十位の眼明きの御琴の御師匠さんが居ましてね、
かなり人望があって沢山の御弟子が居るんで『おさらい』だなんて云うと随分はでにしてました。
それがね何でも夏の中頃だと思ってましたけど一晩の中に貸家の札がおきまりにはすにはってあったんで大変な噂になりましたっけが酒屋の小僧がねこんな事を云ってましたよ。
[#ここから2字下げ]
「あの『じじい』はあの年をつかまつって居て銘酒屋の女房と馳け落したんですよ。
勿論女房も子供もない一人ものでしたがね。
相手の女はいくつだと思います、
五十六なんですよ」ってね。」
[#ここで字下げ終わり]
私は老ぼれた馳け落ちものが茶化した様にゲタゲタとてりつける日光をあびて汗をだくだくながしてほこりまびれ
前へ
次へ
全67ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング