女中の持って来たチョコレートと紅茶を千世子は立って自分で配りながら、
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 おきらいじゃあないでしょう?
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 笑いながらクリクリに刈った肇の頭の地の白く見えるのを上から見ながら云った。
「この人はねえ、チョコレートのそこぬけなんですよ。
 先にねえ、『海の夫人』だか何だったかの時に喰べたのたべないのって――
 そのあげくが喉はいらいらする夜は眠られないって夜中の二時頃わざわざ手紙なんか書いて私の所へよこしたんですよ。」
 篤はいつもになくこんな事を云った。
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「そんなに云うもんじゃあないよ。
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 少し上っかわのかすれた様な細い丸い声であった。
 笑う時少しのぞいた歯は寒くなるほど白い。
 そして大変小粒にそろって居た。
 京子は「云いたい事も云えないから」と云う様な顔をして、
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 私ももう帰らなけりゃあ、
 本石町の伯父が来て居るんですから。
 また上ります、失礼致しました。
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 千世子の何とも云いもしないうちに暗誦する様にスラスラっとのべて出て行きそ
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