かかって来る様に重うく感じて来るともう少しずつ悪くなって行くんですから。
それでもね、じきなおるんですよ。
おととしだか神経衰弱をやったのが癖みたいになってねえ。
源氏物語りなら『御物の化』でもって――
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陽気な声で千世子は笑った、そして手をのばして篤が今まで読んで居た本の頁をわけもなくめくったりした。
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「ほんとうにねえ。
今年は今っから海岸にでも行ってたらどうです?
「今はまだ東京《こっち》に居とうござんすよ、
今頃の東京は一寸ようござんすからねえ。
ネルの着物を着る頃の銀座の通りが大好きですよ。
かなり長い間おぼえて居られる人を見られるしするから。
「私なんか一寸でもおぼえて居られる人に会った事なんて銀座を歩いたってありません。
男だからでしょうかねえ。
「そんなこってあるもんですか、
目|速《さと》くないからなんですよ。
いつまでもおぼえてた人の中でたった一人妙な事で私にわすられない人がありましたっけ。
何でもない人だったんだけれ共後れ毛をかきあげた小指の変な細さが目について忘られない人の仲間入りしたんですよ
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