。教会の外壁をまわって通る電車の窓ガラスと、向う側の食堂《ストローバヤ》の扉が、ガーン、ガーン重くけたたましく鐘の音響によって絶えずふるえた。上衣の左右のかくし[#「かくし」に傍点]へウォツカ瓶を突こみ、一本からは時々ラッパのみしつつ、労働者が一人ならんでいる客待ちタクシーのかげを通った。いろんな方角から射出す明りで通行人の顔が歪んで見える広場の辻を、警笛を鳴らしつづけ、赤十字の応急自動車が走り去った。夜のうちで赤い十字が瞬間人々の目をかすめ、光った。
 粉雪はますます降り、鐘の音波はやや雪にこもり、下方から光線をあびる教会の尖塔は雪の降る空の高みでぼやけはじめた。しかし、食料品販売所《コンムナール》では、床にまいた大鋸屑《おがくず》を靴にくっつけて歩道までよごす節季買物の男女の出入が絶えない。
 アンナ・リヴォーヴナは夫と「|鷲の森《ソコールニク》」の娘のところへ行った。そこには、ガスでない白樺薪をたく本物のペチカがあって、アンナ・リヴォーヴナは、例年復活祭のクリーチは、うちのと、娘たち家族の分と、そこで焼くのであった。リザ・セミョンノヴナは芝居へ行ったし、ナースチャの台所では、水道
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