、ね、リザ・セミョンノヴナ、わたしはもう八ヵ月近くアンナ・リヴォーヴナのところで働いた。アンナ・リヴォーヴナはわたしが不正直でもおいたでしょうか? それだのに、いまになって盗んだなんて云われるの、口惜しいんです」
リザ・セミョンノヴナは、苦笑いして、
「じゃ、わたしも犬に嗅がせなけりゃなるまい」
と云った。
「ゆうべ、一緒にあんなところへ行ったんだから」
「あなたは知らないけれど、オルロフは、いつだって机の上に細かいお金をばらで出しとくんですよ。なぜ? わたしは知っています。オルロフはわたしを試しているんです。わたし、指の先だってそんなお金にさわったことはありゃしない。――そんなにしたって、ふしあわせな人間には、ふしあわせしか来ないんです。――オイ! いまにどんなふしあわせが来るだろう――」
夕方リザ・セミョンノヴナは、鈴蘭の花束と、金色で細いリボン飾りのついた卵を買って帰って来た。狭い借室での復活祭の仕度だ。廊下で、アンナ・リヴォーヴナに出会った。すると挨拶もせず出しぬけに彼女は、リザ・セミョンノヴナに云った。
「今朝警察からあなたのことをききに来ましたよ、どうしたんでしょう」
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