云うと、ろくなことはありゃしない」
と云った。モスクワで一番盗難の多い季節なのであった。
「お泣きでない、ナースチャ、泣いたって出て来やしない」
「オイ! オイ! リザ・セミョンノヴナ、恐ろしい、わたしがいつ悪いことをしたのでしょう、アンナ・リヴォーヴナやマリア・セルゲエヴナは、わたしが盗んだって云うんです」
「お泣きでない、お前に二人寝台の敷布なんぞいらないのはみな知ってるんだから」
 閉めきった食堂から、電話の音がした。ナースチャはしゃくりながらそれをきき澄した。
「アンナ・リヴォーヴナが警察へ電話をかけているんです。わたしのところへ犬をよぶんです」
 リザ・セミョンノヴナが室へ戻ると、ナースチャは茶を運んで来た。彼女はもう泣いていなかった。リザ・セミョンノヴナが机の前に坐り、茶を飲んでいる間、ナースチャは、いくたびか黙ろうとしながら黙り切れず、訴えた。
「あの人たちは盗まれたものがあまり惜しいので、わたしが盗んだなんて云うんです。犬が来たって、わたしどこの隅でも、靴の底まで嗅がせます。平気だ」
 ナースチャの涙がとまったが、昂奮でいまはかすかに胴ぶるいしているのが見えた。
「ただ
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