腕にかけて外へ出た。あとに麻の大敷布三枚、台覆い、パーヴェル・パヴロヴィッチの下着、さらに奥のところにナースチャの前垂、更紗の服、桃色の股引《パンタルーン》がさかさに繩からつる下っているのが、薄暗い電燈で見えた。
「それだけでいいの」
「ええ、あとは明日でいいんです。左側のは、よその人のです」
ナースチャは永いことかかって戸の鍵をしめた。
リザ・セミョンノヴナは、廊下の物音で目をさました。復活祭に、あと三日という朝だ。女の声がした。アンナ・リヴォーヴナの声がした。泣き声が聞えたような気がした。
顔洗いに行くと、台所の戸が開いていた。ナースチャがその真中に立って、しゃくり上げて泣いている。リザ・セミョンノヴナは、
「なにをこわしたの、ナースチャ」
ときいた。ナースチャは立っている場所を動かず、前垂をつかんだまま、顔から手をはなして答えた。
「干物をすっかり盗まれちゃったんです」
云ううちに、涙が眼からころがり落ちて、怯えたナースチャの頬を流れた。
「昨夜、あなたも見たあの干物を今朝までに誰かが盗んだんです」
リザ・セミョンノヴナは、腹立たしそうに、
「いつだって復活祭の前って
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