いんですけれど、組合へはこの書付《ドクメント》がないと駄目だって云われたんです」
「組合《ソユーズ》ってお前……|神よ《ボージェ・モイ》! なにを考え出したのさ、急に」
 ナースチャを見上げ、それから夫をアンナ・リヴォーヴナは眺めた。パーヴェル・パヴロヴィッチは故意としか思われぬ無邪気な眉のひらきようをして、窓の外に見とれている。アンナ・リヴォーヴナは、頭をふり、紙をひろげて、項目に眼をとおしはじめた。
 その場の空気から、ナースチャは変に不安な居心地のわるい心持になり、立ちつづけた。これはそんななにごと[#「なにごと」に傍点]かなのであろうか。
 待ち遠しくなったほど丁寧に読み終って手を紙の上におき、アンナ・リヴォーヴナは、
「じゃ《ヌー》、よろしい《ハラショ》」
とおだやかに云った。
「書いたげよう。――だがいそぎゃしないんだろう? ナースチャ」
 ナースチャはいそぐと云えなくなって、
「ええ」
と答えた。
「じゃ、紙おいときますから」
 はっきりしない気持でナースチャが去ろうとすると、アンナ・リヴォーヴナが彼女をよびとめた。
「ちょっと、ナースチャ、この紙、たしかに書いたげるには
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