の難関と苦境とに処して何かの希望と方向とを発見し、それを凌ぎ前進して行けるのは何の力によってであろうか。それはただ私達が自分の経験を我が物と充分自覚してうけとり、それを凡《あら》ゆる角度から玩味し、研究し、社会の客観的な歴史と自分の経験とを照し合わせ、そこから好いにしろ悪いにしろ正直な結論をひき出して、その結論から次ぎの一歩への可能をひき出して行くからであると思う。
 このようにして自分の経験を綜合し、分析し、推理して発展させて行く理性の能力は人間にだけ与えられている。この人間にだけ与えられている最も人間らしい能力を私達は凡ゆる面でこれまで圧えられて来た。徴用に行った人はどれほど沢山の経験を重ねて戻って来たろう。働かせる者と働く者との物の感じ方、判断、利害がどんなに一致しないかということを学んで来ているに違いない。あのように厳しく、そこから逃げ出せば法律で以て罰せられ、牢屋にまで送られた徴用の勤め先が軍部への思惑だけで、収容力もないほどどっさり徴用工の頭数だけを揃えていることや、そのために宿舎、食糧、勤労そのものさえ、まともに運営されて行かず、日々が空虚に心を荒ませるばかりに過ぎて行く
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