翔ぼうともせず小さい日向で羽交いの間に首を入れるばかりか、私の脚にいつの間にかついている短い鎖を優しく鳴らして、こんな鎖にも、いまに馴れるよ、と慰めてくれる。馴れる! 何という怖い言葉に響いたろう。馴れる! 人間はそんなにどんな生活にも馴れるものなのだろうか。私はいやだ。馴れるのはいやだ。
それからの数年は、二人にとって全く苦しい格闘の歳月であった。相手のひとにとっては、私がそうやって書く字の形までまるきり変ってしまったほど、もがき苦しむわけがどうしても本質で理解されないのだし、私としては自分の心のうちにあるその人への愛と憎みとの間で揉みぬかれる始末であった。
そんな苦しい或る日、鎌倉の海岸に保養していた従妹たちのところへ遊びに行った。四つばかり年下の従妹はまだ結婚前で、従弟たちと心も軽く身も軽く、小松の茂った砂丘の亭で笑いたわむれている。そのなかに打ち交わりながら、自分の苦悩がこの若い人たちとは無縁であること、そして、自分の苦しみは見っともなくて重苦しいことを何と切なく感じたことだろう。午後になって、みんな海岸へ出かけた。暖かい晩秋の日光が砂丘をぬくめているところへ、一列に並んで
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