て命をおとした。この弟の生命が一刻一刻消えてゆく過程を私は息もつけないおどろきと畏れとで凝視した。その見はった眼の中で、彼に対するひごろの思いもうち忘れ、臨終記として「一つの芽生」という短篇をかいた。その中では克明に、一心に、生命の火かげのうつろいゆく姿を追っているのだけれど、私は二つの眼がそんなに乾いて大きく瞠られて、凝っとその臨終に息をつめていたということも、自分の無意識の心理にふれて今考えれば別の面からも思いひそめられる。あのとき泣かない自分の心の必然というものが、意識の下まで自分ではさぐり入れられていなかったと思う。若い生きる力は、そういう我知らぬエゴイズムに満ちるときもあるのだ。
 初めの結婚をしたのは二十一歳で、五六年その生活がつづいた。ずっと年上であった相手のひとが、もう生活にくたびれかけていて、結婚生活ではひたすら安穏に、平和に順調な年から年へ日々がくりかえされることを望む心持であることがどうしても納得ゆかなかった。結婚生活こそ出発と思い、そのためにこそ貧窮もその身で知っている人と結婚したのに、一つ屋根の下に暮して見れば、自分は翔びたくて日夜もがいて羽搏くし、そのひとは
前へ 次へ
全17ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング