感受性によって、ここに生活を少しでもいい方に向けようと努力している一団の人々を発見したのであった。
然し、学生の討論や、退屈な経済学の本の講義はゴーリキイにどうしても馴染めない。まして、ゴーリキイを目の前において、「生えぬきだ!」とか「民衆の子だ!」とか感歎する当時の学生の子供っぽい気分も彼に、ばつの悪い思いをさせた。五つの時からその日まで彼が揉まれ、既に「人間をつくるものは周囲の環境への抵抗である」と感じている民衆生活の現実の中で、ゴーリキイは学生の云うような民衆は見ていない。民衆はその惨苦な生活で実に夥しい才能、善良さを浪費させられているのである。
当時、ゴーリキイの職業はパン焼職工で十四時間の労働であった。職人仲間の給料日の唯一の楽しみは淫売婦のところへゆくことである。ゴーリキイも始めは誘われた。が、やがて「お前は、兄弟、俺達と一緒にゃ行くな」と云われるようになった。最も露骨な云い方で唾をはきながら女について喋る仲間の中で、力があまってどこか無器用でさえある逞しい青年となっているゴーリキイは、女に対する優しい期待に燃えながら、淫売屋での娘達[#「娘達」に傍点]の悲惨を目撃した
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