められない信頼とを身につけていた。民謡を上手に唄い、太った体つきのくせに魅力のこもった踊りかたをし、特にその物語りは、聴きてを恍惚とさせる熱と抑揚と色彩をもっていた。祖父の留守の夜の台所の炉辺の団欒で、或は家じゅうを巻きこむ狂気騒ぎから逃げ込んで屋根裏の祖母さんの部屋の箱の上で、ゴーリキイが話して貰った古代ロシアの沢山の伝説、盗賊や巡礼の物語は、息づまる生活の裡からゴーリキイの心に広い世の中の様々な出来事に対する好奇心、生活の歓びを養ったのであった。この時代の追想はゴーリキイの作品として最も興味あるものの一つ「幼年時代」にまざまざと芸術化されている。
 七歳になったときゴーリキイは祖父に古代スラヴ語を教えられ、八つで小学校に入れられたが、まともなルバーシカ一枚もっていないゴーリキイの小学生生活はごく短い期間で終った。
 いよいよ「人々の中」での生活がはじまった。祖父は彼を靴屋の年期小僧に出した。ここでは、店の用事のほかに台所仕事に追いつかわれ、二ヵ月後、火傷のためにひまをとった。
 手が癒ると、今度は製図工見習にやられたが、住込みの見習小僧の生活はここでも前同様であった。主人は少年の彼
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