を女中代り、下男代りにこき使い、おまけに二人の炊事女がこれ又自分達の下働きとして追い廻す。ゴーリキイは後年当時を回想してこう書いている。「私は多く労働した。殆どぼんやりしてしまうまで働いた」と。
この境遇に一年辛抱したが、到頭逃げ出してゴーリキイはヴォルガ河を通っている汽船の皿洗いに雇われた。給料は、月二|留《ルーブリ》。朝六時から夜中までぶっ通しの働きである。ここにもやっぱり暗い野蛮と卑穢とがあるのみであったが、然し計らずもゴーリキイはこの労働の間で彼の人生修業にとって否むべからざる「最初の教師」にめぐりあったのである。ゴーリキイにとっての上役、料理番のスムールイという大力男が行李の中に何冊かの本をもっていた。彼はゴーリキイに目をかけて、繰返し、繰返し云った。
「本を読みな。わからなかったら七度読みな、七度でわからなかったら十二遍読むんだ!」
そして、自分の経て来た無駄な生涯を顧みて、肥った獣のように呻き、深い物思いに沈んで荒っぽく怒鳴るのであった。
「そうだ! お前には智慧があるんだ。こんなところは出て暮せ!」
冬が来て、ヴォルガ河が凍り、汽船の航行がとまると、ゴーリキイは、
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