。ワルワーラが帰って来たので伯父たちの財産争いは一層激しくなり、飯の最中に掴み合いが始ることも珍しくなかった。さもなければ、こういう伯父たちが先棒になって、半分盲目になった染物職人の指貫きをやいておいて火傷をさせて悦ぶような残酷で卑劣なわるさを企らむ。あらゆる悪態、罵声、悪意が渦巻くような苦しい毎日なのであるが、その裡でゴーリキイを更に立腹させたのは、土曜日毎に行われる祖父の子供らに対する仕置であった。祖父は一つの行事として男の子供らを裸にし、台所のベンチへうつ伏せに臥かせ、樺の鞭でその背中をひっぱたくのであった。ゴーリキイはこの屈辱に堪えることが出来なかった。幾度も抵抗して猶更ひどくひっぱたかれ、とうとう気絶し熱を出して永い病気になってから、さすがの祖父もゴーリキイに手を出すことは止めにした。
 こういう幼年時代の暗い境遇の中で、ゴーリキイの心に消えぬ光明と美の感情を与えていたのは祖母アクリーナの風変りな存在であった。若い時分は孤児で乞食をして生き、レース編みを覚えてからはその勝れた腕前で食っていた祖母は、どん底の閲歴の中から不思議な程暖い慾心のない親切と人間の智慧のねうちに対する歪
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