たかという物語を、ここに語りたいと思うのである。
 マクシム・ゴーリキイは、一八六八年三月二十八日、ロシアでは最も古くから発達した商業都市の一つであるニージュニ・ノヴゴロド市に生れた。本名は、アレクセイ・マクシモヴィチ・ペシコフと云った。父親はマクシム・ペシコフ。母の名はワルワーラと呼ばれ、彼は二人の長男として生れたのであった。
 父親のマクシムはゴーリキイが五つの時、ヴォルガ河を通っている汽船の中で急病で死んだが、どちらかというと特別な生涯を経験した人であった。
 その父親が死んでから、小さいアリョーシャ(ゴーリキイ)は母親のワルワーラと一緒に祖父の家で暮すことになった。が、この鋭い刺のあるような緑色の眼をした老人は、一目見たときからゴーリキイの心に何か本能的な憎しみを射込んだと同時に、この祖父を家長といただいて生活する伯父二人とその妻子、祖母さんに母親、職人達という一大家族の日暮しの有様は、全く幼いゴーリキイにとって悪夢のように思われた。
 深くかぶさった低い屋根のある、薔薇色ペンキで塗った穢い家の中には二六時中怒りっぽい人達が気忙しく動き廻り、雀の群のように子供達が馳け廻っていた
前へ 次へ
全18ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング