男と或る農村に行き、危く殺されかけるような目にも遭った。
 カスピ海の漁業組合の労働者としてのゴーリキイ。やがてドヴリング駅の番人をしながら駅夫や人夫に地理、天文のことを書いた本などを読んでやっているゴーリキイ。彼はこの間にいやという程ツァー時代のロシア官吏、司祭等の腐敗した生活ぶりの証人となった。
 ニージュニへ再び戻ってからは或る弁護士の書記の口を見つけた。二年の間ゴーリキイは書記をする傍ら同じ市の急進的なグループとつき合っていたが、その時代の「唯物論者」達の安易な態度に満たされず、放浪癖のついたゴーリキイはニージュニをすてて、南ロシアを殆ど歩きつくした。最後に今日ではスターリンの故郷として名の高いチフリス市の鉄道工場に入った。処女作「マカール・チュードラ」がチフリス新聞『カウカアズ』に掲載されたのは、まさにこの時なのであった。
 成心く真心から書かれたこの一篇の小説は一八九二年のロシアの文壇に新しい時代の黎明を告げたばかりではなかった。「マカール・チュードラ」を貫いて流れている熱い生活力、不撓な意志、卑劣を侮蔑する強い精神、感情そのものは、ゴーリキイが自ら悟ったよりもっと雄弁に、
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