ないか」
函館でばかり暮した五六年のうちに、学生時代からどっちかというと大まかであった飯島の表情は、額、眉、頬のあたりへかけて肉の厚みと濃い血色とを加えた。それが彼の胸の前に下っているあらい斜縞のネクタイのコバルト色との対照で、最初の一瞥から慎一の心に彼らしさの親しみと一緒に漠然哀感に似たものをよびさましているのであった。
外字新聞社にいる戸山が、持前のやや皮肉な笑いを鋭く聰明らしい黒い眼の中に輝やかして、
「大陸へでも乗りこむか」
と云った。
「そんなんじゃない」
両手でジョッキのまわりをつつむようにしながらのり出した。
「君たちはどう思っているか知らないが、これからの北海特産物は、大した意味をもって来るんだぜ」
大陸の治安が恢復するにつれて、北海道から出る穀類、海草類がいくらでもそっちへ輸出されるようになって来るというのであった。
「現に大分動いている。将来はどの位の販路がひらけるか分らないくらいだ。来る汽車ん中で二三の人にその話をきかせたら、そりゃいいことを教えてくれたってよろこんでいたよ」
「特種を公開しちゃっていいのかい」
「ところが僕がほんとにやろうとしているのは海
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