二人の砂利を踏む跫音《あしおと》と静かな口笛の音とは寝しずまった深夜に響いた。
家への杉垣を曲る手前に、ひどく吠え立てる犬がいた。夜更にかえるとき慎一はいつもその犬が聴きおぼえている独特の調子の口笛を、峯子もききつけることを知りながらふきふき来るのであった。
二
東京の人口はどの位あるのだろう。大体が六百五十万ほどだそうだから、そのなかでサラリーマンと云われる部類は凡《およ》そ数十万を占めているにちがいない。そのなかで昨今の時勢につれて格別立身のつるをつかんだと云うのでもない連中。とび立つような夫々のきっかけをのがさずとらえて、いろんな動きかたをしたというのでもない連中。そういう人数も数にすればどっさりいるわけなのだが、その居据り組のサラリーマンはどんな気持で昨今の毎日を暮しているのだろう。
十二時から一時少し過ぎまで、慎一もコンクリート建の三階の室から外へ出て、或る時はひとりで、或る時は何人づれかで食事したり、そのあとをブラブラ歩いたりして、ある興味をもって周囲を見ているのであった。大阪の方はサラリーマンの暮しが東京より楽だという新聞の記事もあった。ところが
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