って、
「何のお話?」
と出て来た。慎一は別に返事しないでいる。その様子と兄のそぶりを見くらべて、峯子はいかにもその家での末娘らしく、
「お兄さんたら!」
と父親のような鴻造を睨《にら》んだ。
「またどっかの鞄もちに売りこむ算段していらっしゃるんじゃないの? いやよ」
「ふん、それもまあいいさ」
峯子は気にするようにもう一遍、黙っている慎一の方へちょっと眼をやった。
前後の事情がそんな具合であったから、峯子には話の内容はよくわかっていない。自分が出現したことで、その話もうちきられた形になったが、今の慎一の物の云いぶりには、おのずと峯子の注意をよびさます何かがふくまれているのであった。
大通りから右へ折れて砂利道にかかると、ところどころに草の生え茂った空地などがあって、峯子は照子を抱いている慎一の肱へ下から手を添えて歩いて行った。下界に風が出ているわけでもないのに、いつ湧いたのか雲が時々月の面を掠め、雲が迅《はや》いので月の方が動いて行くように見える。彼等のゆく道も明るくなったり、翳《かげ》ったりして、その明暗を顔にうけながら、慎一は低く柔く口笛をふいた。一人の人が歩いているような
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