心というか、この頃はそういうことも考えてるんだろう」
「じゃ満州のその何とか製鋼なら、安心があるというわけなのかしら」
「バックの性質やひきの関係から、兄さんとしては当然そう見られるんだろう」
どれ、と再び照子を自分の方へ抱きとって、慎一はショールを子供の体にまき直しながら、
「峯子の恬淡《てんたん》さはね、世間の妻君たちにくらべると或は例外かもしれないんだよ」
と云った。
「東洋経済の調査部員なんて、今の時世じゃ、てんから社会的な地位なんぞと云える種類のものじゃないからね」
穏やかに自分からつきはなしたように云っている、その調子に却って慎一が兄の就職すすめを重く考えかけている傾きが感じられるようで、峯子は浅い不安にとらわれた。
二十歳ちかく年の違う実家の長兄の鴻造が、義弟である慎一のために職業の世話をしかけたのは、これが二度目であった。初めのときは、まだ照子が生れないうちで、その話は慎一が熟達している語学を国外で役に立てる方面の仕事であった。
「峯子の語学だって、それだけものになっていれば、どうして捨てたもんじゃない。どうだい。ひとつ夫婦相携えて雄飛してみちゃあ。若いうちに、そ
前へ
次へ
全32ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング