あがりたいのじゃないの、代りましょうか」
 今度は峯子が子供をうけとると足どりは益々ゆるやかになり、慎一はすこし顔を仰向けるようにして心持よさそうに煙草の烟をはきながら歩いていたが、いきなり何の前おきもなく、
「どうだい峯子、おれの信用はなかなか大したものだろう」
と云った。その声に笑いがふくまれている。
「信用?……ああ。それは、だってあたり前だわ」
「ひとつ、君の兄さんのすすめにしたがって、その何とか総務係長というのになって見ようか……」
 それには答えず、しばらく黙ったまま歩いていた峯子は、どこやら歎息のまじった調子で、
「兄さんはあなたが御贔屓《ごひいき》なのねえ」
と云った。
「うちが女の子ばっかりだから無理もないようなものだけれど……。でもね、私お兄さんの御贔屓は、本当のところいつだって心配よ」
「――そういうところはなくもないね」
「お兄さんに、しんから私たちがわかっているとは云えないじゃないの。私たちに好奇心があるのよ。ちがうかしら。お兄さんなりに、何かパッとしたことをやらして見たい、そういう風なところがあるでしょう?」
「峯子たちのためにも生活の安定っていうか将来の安
前へ 次へ
全32ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング