ぜひかないかしら。少し心配ね、こんなにおそくなって」
「大丈夫だろう」
ちょっと歩調をゆるめて慎一は眠っている照子をもち上げるようにし、顔をもって行って小さい娘の鼻に自分の鼻をさわらした。
「大変あったかい鼻の頭をしているよ」
暫く行くと、歩速の整った彼等の脚が、先へ行く三四人の学生の一団に追いついた。結婚祝いの帰途でもあるらしく、少しばかり酔っている青年たちは歩道一杯の横列に制服の腕をくみ合わせ、罪のない高声を、
たかさごや たかさごやア
この浦ふうねに帆をあげて
高砂や たかさごやア
と祝婚行進曲《ブライダルマーチ》の節をもじった合唱で、のしているのであった。
自然、車道の方へあふれてその一団を通りこしながら、峯子はふっと笑いののぼって来る気がした。陽気な合唱は若さと無邪気さを溢らしつつ、しかし誰もその先の文句は発明していないと見えて、いつまでも高砂やアの繰返しへ戻りながら、その声は、だんだんうしろに遠のき、やがて月の光と町の鈍い軒燈の混りあったような街角のあたりで消えてしまった。
道のりの三分の二も来るとどっちからともなく足どりがゆるやかになった。
「煙草
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