立てている良人の胸のあたりにその手が触れたとき、峯子は遠方に聴えるのではあるが極めて耳につく音響に注意をひかれた。その音は、遠い代々木練兵場の方からきこえて来た。シュルン、シュルン。いかにもつよい近代武器の鋼鉄バネが当ったらあやまたず命につきささる鋭い決然とした弾丸をはじき出すような音である。慎一の胸にかるく手をかけたままきき入っていた峯子は、その鋭い音と慎一の体の温さや鼓動がだんだん一本の線の上につながれて感じられて来た。きいていればいるほどシュルン、シュルンというその恐ろしい深夜の音は、自分たちのいのちにかかわりのあるものとしか思えなくなって来た。峯子はいつか上半身をのり出して、ねむりこんでいる慎一の胸を自分の胸でかばうような姿になった。そして、きき耳をたてた。音は小一時間もつづいたように思えた。そして、やんだ。
 その頃東京という大都市の周辺では、夜じゅういろいろな音がした。眠らない人がいた。そして、夜間にする物音は、昼間では全くきくことのない音であった。夜中眠らずに何かやっている軍人たちも昼間は、誰がその眠らない人だったのか、見分けることは出来ないのであった。
 朝になって、出
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