え」
「どうなの、この頃もやっぱり、もてるの?」
「還って来た当座みたいじゃなくなったらしいわ」
 琴子は苦しいような片頬笑いで、
「でもね、山崎はああいう人のいいところがあるでしょう? だから私、どんなことがあったって、自分たちに出来た子供でなけりゃ育てるのいやだって、それだけは、もう、はっきり云ってあるの」
 いくら云ってあったにしろ、それで安心というわけのものでないことは、きいている峯子にわかるより、もっとひしひしと琴子の胸に抉りつけられていることであろう。この友達の妻としての苦しみや不安が、様々の形をもって考えられた。そして、こんな一般的な夫婦の間のことにさえも、やはり時代の色はさしこんでいる。それを、峯子は同情した。
 琴子は、熱っぽい調子で、
「照子ちゃん、照子ちゃん」
と、名を呼びながら、柔かないい匂いのする幼な児の髪の毛ごしに、照子の丸い頬っぺたへ自分の紅の濃い顔をさしよせた。
「照子ちゃん、あんたどうしてこの小母ちゃんのところへ生れて来てくれなかったのよ」
「それだけは仕方がないわ、ね照子、そうでしょう?」
 それと一緒にひとりでに両手がのびて、こっち向きにつくんつく
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