し語られているのが女ででもあるかのような調子で云う戸田の声の響にも、既に一座の空気に瀰漫《びまん》している飯島の亢奮がうつっていて、微かに神経質な甲高さが加わっているのである。
慎一は、何だか顔じゅうがごみっぽくなって来る感じがした。
「僕も福運はあまりなさそうだから、謹んで君の大望成就を祈るがね、しかし――変だなあ」
いかにも怪訝そうに、
「そこがサラリーマン根性と云うかもしれないが、何かい、君なんか、例えば貝柱に関して、そんな企業上の大先輩が同じ土地にいて、君が思い当る迄すてておいたと確信出来るのかい」
今度は慎一がそう云うのにも黙って、ただ分厚な体でそれに対抗するような様子を示していた飯島は、やや暫く沈黙していたが、やがて思いきり伸びをするように上体をそらして、テーブルの下へぐっと両脚をのばした。
「しかし、何んだなあ、子供のことを考えるとあまり無茶も出来んしなあ」
聴き手の気持には唐突に、云い出した。
「何しろ年子で三人だぜ。ここんなかじゃあ僕が横綱だろう。親父の酔狂でまさか子供を路頭に迷わせも出来ないしね」
すると戸田が、
「おい、おい」
まんざら揶揄《やゆ》ばか
前へ
次へ
全32ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング